英国情報

Vol.36

エリザベス女王のお気に入り
~王室御用達の紋章を探してロンドンを歩く~
– セント・ジェームズ –

エリザベス女王は2016年4月21日、90歳の誕生日を迎えられます。これまでヴィクトリア女王が保持していた最長在位記録を昨年9月に更新し、今もなお公務に多忙を極める毎日です。そんな女王の日々を支えるのが王室御用達ブランドの面々。ファッションはもちろん衣食住あらゆるジャンルでその数は800社以上。DAKSもファッションの担い手として王室を支え続けています。エリザベス女王の卒寿(90歳のお祝い)を記念して、これから5回シリーズで、王室御用達をテーマにしてロンドンをご案内します。まず第1回目はセント・ジェームズを訪れてみましょう。

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今の賑わいからはかつて牧草地が広がっていたとは信じられないセント・ジェームズ

 

老舗らしい重厚な店構えのベリー・ブラザーズ&ラッド

エリアをご案内する前に、まずは王室御用達の基礎知識を少しお話ししましょう。御用達の歴史は1155年、ヘンリー2世が織物師を集めて特別に注文を出したのがはじまりです。以来、代々の王室は、自分の好みによってロイヤル・ウォラント・ホルダー(御用達の紋章を持つ者)を選んできました。ですから、ホルダーの数は常に変化し、ヴィクトリア女王の時代にはなんと2000件の店が御用達に指名されたそうです。現在、王室御用達の指名を与えるのはエリザベス女王、フィリップ殿下、そしてチャールズ皇太子の3人。御用達を仰せつかった店にはそれぞれの紋章を店に掲げることが許されます。

では、いよいよ御用達の老舗店が密集するセント・ジェームズへとご案内しましょう。今の様子からは想像できないのですが、このエリアはもともと牧草地帯で、田舎から羊の群れを追ってロンドンにやってくる羊飼いたちの通り道でもありました。一方、グリーン・パークでは乳牛が牧草を食み、ボンネットを被った女性たちの乳搾りに励む姿が見られるなど、牧歌的な光景が広がっていたようです。

その後、ヘンリー8世が1536年に建てたセント・ジェームズ・パレス、ジョージ3世が1761年に現在のバッキンガム・パレスの基礎作りをするなど、 王室のレジデントができたことで徐々に貴族たちがこの界隈に住むようになり、これを受けて店を構える商人たちも増え、徐々に都市としてにぎわうようになっていったのです。

さて、現代のセント・ジェームズを歩いてみましょう。地下鉄のグリーン・パーク駅を下車、駅周辺には緑豊かなグリーン・パークが広がります。大樹に囲まれたこの公園、早春にはクロッカスや水仙の花がたくさん咲き乱れ、都心とは思えない憩いの場を人々に提供してくれます。その公園にほぼ隣接するリッツ・ホテル。実はこのホテルもケータリングの部門で王室御用達。

 

広大なグリーン・パーク、そしてリッツ・ホテルがこのエリアのアイコン

リッツの瀟洒なウィンドーを眺めながら大通りに沿って歩いて行くと、広々としたセント・ジェームズ・ストリートにさしかかります。この道を奥まで行くと、現在チャールズ皇太子が住むセント・ジェームズ・パレスの煉瓦塀に。16世紀にヘンリー8世が建てた、このパレスの門前3番地、城に寄り添うようにして17世紀からワインを提供し続けているのが、王室御用達のワイン商「ベリー・ブラザーズ&ラッド」です。

 

ベリー・ブラザーズ&ラッドのウィンドーはワインのコルク栓のディスプレイが目を引く

黒塗りの、いかめしいドアを押して中に入ると、まるでタイムマシンに乗って過去の世界にやってきたかのよう。1698年に創業、1730年に拡張されたという店内は、300年以上たった今も当時の趣をそのままとどめています。

実は、ここに初めて入った時、なぜかワインを一滴も飲んでいないうちに、なんだか足元がおぼつかない感覚に。よくよく下を見ると、床がものすごく傾斜しているからでした。それでも、店員さん達は慣れたもので、斜めになった床を足早に行ったり来たり。奥には古い秤や、1800年代から残っている赤い革製の帳簿などが展示され、ちょっとした博物館のようです。

 


店内の床が斜めになっているのがわかります

 

古い計りやワインのコレクションなど、300年の歴史を感じさせる店内

ここで有名なのはキングス・ジンジャー・ワイン。1903年、エドワード7世の主治医が、王様の健康を気遣って「血行がよくなるリキュールを開発してほしい」との依頼を受けて開発したものです。生姜が入ったリキュールはエリザベス女王も好まれるそう。もしかしたら健康維持の秘訣なのかもしれませんね。

 


ジンジャー入りのリキュール、キングス・ジンジャー・ワイン

昔ながらの誠実な商法をベースに、最近はワインテイスティングやパーティー、さらにオンラインショップなども取り入れるなど、時代にあった商戦を展開しています。「時とともに、変化していくワインの味に見習って、ビジネスに新風を吹き込むように心がけています」とベリー会長は語ってくださいました。奥のワイン蔵には1864年から1940年のワイン・コレクションが真っ白に埃を被ってしまったボトルの中で、悠久の時を超え、まどろみ続けています。ボトルについた埃さえ大切にする英国の老舗の心意気に触れたような気がしました。

 


モダンなインテリアのテイスティングルームも

ベリー・ブラザーズ&ラッドを後に、セント・ジェームズ・ストリートをピカデリーに向かって歩くと数軒の王室御用達の老舗を覗くことができます。6番地には帽子作り「ジェームズ・ロック」、9番地には靴で有名な「ジョン・ロブ」があります。

 


紳士のための帽子で有名なジェームズ・ロック

道をさらに上がっていくと、29番地には女王から御用達をいただくファーマシー「D.R.ハリス」があります。1790年創業、ラベンダー・ウォーターや石鹸など、トイレタリーから、キャンドル、靴べら、髭剃り小物、その商品レンジは400種以上にのぼります。

 

紳士のみだしなみを支えてきたD.R.ハリスも王室御用達

 

さらに、女王のかかりつけ医師による処方箋を調合する薬局が店内に併設されています。御用達になったのは1938年で、まずは女王のお母様だった皇太后のために薬品類を納めるようになり、2002年からはチャールズ皇太子からファーマシーとして、2012年には女王からトイレタリーと薬全般の分野で御用達の指定を受けるようになりました。

隅のカウンターは薬局になっており、女王の御用達薬剤師アリソン・ムーアさんが黙々と薬調合に励んでいます。彼女はD.R.ハリスの社員ですが、実は個人として御用達の指定を受けている薬剤師なのです。彼女の息子さんと娘さんも店の切り盛りに参加していて、店自体に家族的な雰囲気が満ちているよう。

 


御用達の薬剤師アリソン・ムーアさんを中心に記念撮影

伝統的な人気商品は、大きな楕円形のアーモンド・オイルの石鹸、ラベンダー・オイル。紳士向けにはシェイビング・クリームや、アフターシェイブなど。オリジナルの陶器製品レンジはいくつも揃えたくなるほど上品で、御用達の紋章が白磁にプリントされています。これはストーク・オン・トレントにある老舗陶器メーカー、「バーレイ」に作らせているものだそうです。このほか髭のワックスなど、昔ながらの英国紳士必携アイテムが並び、見ていて飽きません。男性が髭を濡らさないように紅茶がいただける、”ヒゲストッパー”付きのマグカップなども売っています。最近、発売になったばかりのエコバッグもおすすめです。包み紙と同じように、商品のイラストが白地の布に描かれた大きめのバッグです。

 

男性向けのお土産ならD.R.ハリスで。エコバッグも人気

次はセント・ジェームズ・ストリートからジェントルマン向けのショップが並ぶジャーミン・ストリートへ。ここでぜひ立ち寄ってみたいのが、王室御用達の老舗チーズ専門店「パクストン&ウィットフィールド」です。一歩店内に足を踏み入れると、個々のチーズが放つ香りでいっぱい。それは、まるで生きているチーズの息吹の合唱のようにも感じられます。昔、店では天秤に分銅を置いてチーズをはかり、店の横に設けられた会計窓口で支払いを済ませるというシステムでした。会計係のスタッフは黒いスーツに黒の丸メガネという出で立ちだったそうです。

 

ロンドンでも屈指の品揃えを誇るチーズ店パクストン&ウィットフィールド

今、店内のレイアウトは当時と全く変わり、丸メガネの会計の紳士は姿を消しました。代わってチーズの展示スペースが広がり、400種類ものチーズが所狭しと並びます。また、サンドウィッチなどを売るデリ、チーズ用のナイフやボードなどの小物を売るスペースもあるなど、つい目移りしてしまいます。

取材した日はかなり寒かったのですが、スタッフ達は「今日は珍しく店の中の方が外よりも暖かい」とうれしそう。というのも、生きているチーズを保管するためには店内の温度を低く保たないといけないため、夏でも店の中は寒いくらい。スタッフたちは夏でも重ね着をして働くのです。

 

チーズをおいしく保管するために店内の温度は低く保たれているそう

女王がお好みのチーズは公表されていませんが、皇太后が好きだったスコットランドのチーズでオーツが表面についている「クボック」。チャールズ皇太子お気に入り、グロスター在住の地質学者が開発した、梨のリキュールを用いて作る「スティンキング・ビショップ」、またウィリアムとキャサリンの結婚式で供された「ゴートチーズ」など、王室ゆかりのお土産にも事欠きません。さらに純英国風チーズ、チェダーだけでも何種類もあり、中には年代物チェダー、「モンゴメリー」が人気です。時と共に、チーズの中に閉じ込められた旨みと塩の結晶の調和が、なんとも言えない味わいです。

 

皇太后が好きだったクボック(左)とチャールズ皇太子お気に入りのスティンキング・ビショップ(右)

パクストン&ウィットフィールドでは、パレス(宮殿)からの注文が来ると、スタッフが店の名前が大書されたイエローのバッグに大きなチーズをいくつも入れて徒歩で配達します。車の混雑を避けるためだけでなく、チーズの最高の状態を保つためには優しい扱いが必要だからだそう。このバッグは店で販売しています。店の名前入りのマグカップのほか、チーズのお供となる自然な味のクラッカーもおすすめの一品です。

 

パクストンでのお土産はチーズ以外にもマグやエコバッグなども

チーズの香りと味を堪能したあとは紅茶の殿堂へ。旅行者が必ず立ち寄る「フォートナム&メーソン」は、実は1階のレストランの入り口がジャーミン・ストリートに面しています。最近、新装オープンしたばかりのこのレストランは、名前も「45ジャーミン・ストリート」。真っ赤な家具など内装もうってかわってモダンな趣です。メイフェア界隈で素敵なショッピングをした後におしゃれなランチを楽しんでみたいものです。

 

モダンに生まれ変わったフォートナム&メーソンのレストラン

「45ジャーミン・ストリート」を出てデューク・ストリートを渡ってすぐのところに、伝統的な製靴技法を受け継ぐ王室御用達の靴「トリッカーズ」のショップがあります。
1829年の創業以来、仕立て靴にこだわる英国の伝統的なシュー・メーカーです。
一見カジュアルな印象のあるトリッカーズの靴ですが、愛用者は幅広く、英国王室はもとより、政治家、経済界の名だたる重鎮、兵士、船員など様々。「靴の街」とも呼ばれるノーザンプトンに工場を持ち、創業当時と変わらない技法で今なおつくりだされる靴が、多くのファンを魅了する理由なのかもしれません。
その「モノづくりに対するこだわり」という共通点から、DAKSはこのトリッカーズと協業しオリジナルの靴を生産しています。ロンドンのDAKS本店にお越しの際は是非トリッカーズ製の靴も試着してみて下さい。

 

ジャーミン・ストリートのトリッカーズショップ。店内には歴史を感じさせる靴棚が
老舗ならではの重厚感が漂う

ピカデリーの大通りをわたって、最後にバーリントン・アーケードへと行ってみましょう。このアーケードは1819年にオープン。貴族キャヴェンディシュ卿が、自分が住む館(現在はロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ)に隣接した小道を利用してアーケードを作らせたのが、その始まりでした。銀器やアンティーク・ジュエリーなどの店のほか、王室御用達の香水「ペンハリガン」も並びます。アーケードでは終日、山高帽とマントという昔ながらの優雅な出で立ちをした警備員(通称”ビードルズ”)が行ったり来たり、記念撮影にも喜んで応じてくれます。

 


ラグジュアリーなショップが並ぶバーリントン・アーケード
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セント・ジェームズエリア散策、楽しんでいただけましたでしょうか。バッキンガム・パレスを中心に栄えてきたこのエリアは、いまも王室と共に生き続けていることがお分かりいただけたと思います。次回はスローン・スクエア界隈を歩いてみましょう。お楽しみに!

文:山形優子フットマン / 写真:富岡秀次

【記事内関連情報URL】
Berry Brothers & Rudd(ベリー・ブラザーズ&ラッド)
http://www.bbr.com/

Lock & Co(ジェームズ・ロック)
http://www.lockhatters.co.uk/

D.R. Harris & Co(D.R.ハリス)
http://www.drharris.co.uk/

Paxton & Whitfield(パクストン&ウィットフィールド)
http://www.paxtonandwhitfield.co.uk/

Fortnum & Mason(フォートナム&メーソン)
https://www.fortnumandmason.com/

Tricker’s(トリッカーズ)
http://www.trickers.com

Burlington Arcade(バーリントン・アーケード)
http://www.burlington-arcade.co.uk

【英国情報に関する問い合わせ先】
ジャパン・ダックス・シンプソン事務局(三共生興株式会社内) TEL:06-6268-5375